第四話 キツネ

師走に入ると、途端に夜が早く来る。

日に日に冬至が近づくせいだ。

午後はあっという間に過ぎゆき、部屋には西日が斜めに差し込み始める。

私はその時間帯が大好きだ。

暮れてしまう直前の、傾いた太陽が放つ柔らかい日ざしの中で

ゆったりと珈琲を飲むのが日課である。

 

そうだ。珈琲豆が切れていた。

明日は豆を買いに行こうと昨日思ったことを不意に思い出す。

薬屋が来て、そんな予定も吹っ飛んでしまっていたのだ。

日はまだ高い。

急いで洗濯物を取り入れ、出かける準備をした。

 

買うのは珈琲豆だけでよい。

町まで歩いていこう。重い荷物もない。

 

そう言えば、薬屋が言っていた。

今日は町に出るとよい、と。

他にも何か言っていたが、思い出せない。

なんだか妙なことを言っていた気がする。

何だっけ?

わからない。まあ、いい。出かけよう。

 

 

空気が少しもわっとしてきた。

小春日和・・・というより、本当に春のようなかすみが遠くの山にかかっている。

さっきまでのキンと研ぎ澄まされた空気感がいつの間にか消えている。

あまり寒くなくて、歩くにはちょうどいい。

 

いつもなら通らない道も通ってみたくなる。

近道だけれど、車ではまず入れない路地や、

少し遠回りだが、静かな公園の横手の道など。

なんだか気分がいい。

鳥のさえずりも大きく響いて聞こえる。

思わず歌いだしたくなるような、そんな気分。

 

あれ?

あんなところにキツネがいる。

公園の脇の茂みの中から、一匹のキツネが私の方に顔を向けている。

キツネなんて、ずっと昔に見たきりだ。

子供の頃、近所の人がキツネに化かされた話を母からよく聞かされたものだが。

まだその頃は、キツネもタヌキも里で見かけることがあった・・・

などと思って立ち止まっていると、キツネが近づいてきた。

堂々たる歩みである。目は私を凝視している。

 

どうした?、キツネ。

私はおっかなびっくりキツネに声をかけた。もちろん心の中で。

 

「やあ。」

キツネが喋った!

「また君と話ができるようになるなんて、驚いたよ。」

 

いや、驚いているのは私の方だ。

 

「いったい君に何が起きて僕たちと話せなくなったのか、

君は知らないんだね。いいさ、そんなこと。

こうやって再会できたんだ。

また君んちの裏庭にも行くさ。

みんなにも伝えておくよ。大宴会といこうじゃないか。

それじゃ、な!」

 

キツネはそれだけ言うと、急ぐように踵を返して去っていった。

 

何が何だか、わけがわからない。

悪い薬品でも吸い込んだのか?

薬品?・・・薬?・・・

薬屋が、解体したとか言っていた、それと何か関係あるのか?

 

つい先ほどまでのいい気分が一気に冷める。

ただの幻聴?・・・病院に行った方がいいのだろうか?

動揺しながらも、頭の片隅でちょっと喜んでいる自分がいることに気付いてもいた。

キツネと話せるなんて、ウキウキしちゃう・・・

それを更に抑え込む圧力が発動しているのもわかる。

 

いや、待て。今はともかく珈琲豆だ。

 

 

珈琲豆は、すぐ先の喫茶店で売っている。

量り売りで、注文を受けてから炒ってくれる。

店内に広がる珈琲の香りがたまらない。

私は足早に喫茶店へと向かった。

 

 

2023/12/31