スーイッシュを探す旅

序 章 ―旅の始まりー

探しているのは、スーイッシュという名の植物だった。

 

スーイッシュの名を知る者はそれほど多くはないが、その道の者たちにとっては

「幻の花」としてよく知られる植物だ。

 

この世に存在しないが、この世でしか見つけることができない・・・

そういう説明がなされる、完全に矛盾した存在物なのだ。

 

この馬車には、スーイッシュを探す者たち

(フィールドワークの学者もいれば、酔狂な趣味人もいる)が8人乗っている。

御者を入れれば総勢9人。

 

少女が一人と、他は男性ばかり。

男性のなかでは、僕はかなり若い方だ。多分一番若いに違いない。

 

紅一点の少女は、僕の隣に腰掛けて、馬車の揺れに身を任せている。

彼女の髪が僕の右肩にときおり触れる。

 

アプリコットジャムのような、ほんのり甘い香りがする。

 

 

馬車の中は静かだった。

それぞれが、このツアーで初めて顔を合わせたばかりなのだ。

そう、このツアーは、スーイッシュを探す旅。

馬車に乗ってケルトの森をゆくという、かなり偏狂な趣向でもって遂行されている。

 

第一章 森奉行のハイエル・ノイマン

ケルトの森は深い。

空間的に広大であるというだけではなく

時間的にもまた深いのだ。

 

 

歴史が古いなどという意味では決してない。

文字通り、時間のふところが深いのである。

 

たとえば・・・

森で一夜を過ごし、出てくると数分しか経っていなかったとか

妖精のもてなしを受けて数年暮らし、戻ってみると

わずか数日のことであったとか

 

そんな事例が山のようにあるのだった。

どれも証明のしようがなく、森に迷い込んだ者が見た幻想であったとも言われる。

そんな幻想を見せる森だとしたら、それはそれで怖ろしく不可思議であると言えなくもない。

 

 

 

この森は、古くからとある一家が管理をしている。

フォルストマイスター(森奉行)を代々継いでいるノイマン家である。

 

ノイマン家には、一つの伝承が残されていた。

 

「この森には、スーイッシュなる植物が生える」と。

 

スーイッシュは、誰も見たことがなく、この世では存在しない植物なのだと

伝承は言う。

 

しかし、だ。

そのスーイッシュは、この世でしか見つけることはできないのだとも

伝承は続けて言う。

 

そんな謎かけのような伝承を、ノイマン家の人々が信じていたとは考えにくい。

だが、現当主のハイエル・ノイマンは、幼少のころからこの伝承に惹きつけられていた。

彼自身が、一度この森で、時間の袋小路にはまってしまう体験をしたことが

伝承に魅了される要因の一つであった。

 

 

 

今回、「スーイッシュを探す旅ツアー」を考え付き、企画し、

ツアーへの参加者を募ったのも、彼自身だ。

 

そんなわけで、今、彼は、7人の参加者とともに馬車に揺られている。

企画人、兼案内人として。

御者には、ハイエルの最も信頼する男、ノイマン家に仕える騎士のテオを伴って。

 

 

第二章 旅に集う者たち

「スーイッシュを探す旅」のツアー参加を募るにあたって

 ハイエルは、いくつかの合意事項を用意した。

 

一つには、ツアー中にスーイッシュを誰が見つけたとしても

その所有権はノイマン家が有すること。

 

スケッチをとるのは構わない。

しかし、茎を折る、根ごと抜き去る等、植物を損傷させる行為は禁止する。

 

二つ目、参加者全員が、その植物の目撃者として

歴史の証人となること。

 

以上二つの項目に同意できない者の参加は認めないこととした。

 

 

 

そうやって集まったのが、7人の男女だった。

 

自称数学者1名。自称植物学者1名。自称考古学者1名。

彼ら3名の学者はいずれも「自称」学者である。

元々はそれぞれのアカデミーに所属してはいたものの、アカデミーの体質が肌に合わず

市井の学者になった者たちばかりだ。

 

 

そして、呪い師1名。占星術師1名。占い師1名。

この3名は、社会的には何の地位も名誉も得ていないが

政界や経済界はもとより、一般庶民をも含め

当時の社会の中で、忘れ去られたように見せかけながらも

実は頼みの綱として、絶対の価値を多くの人心に認められている職業の者たちだ。

 

呪い師(マジナイシ)は、薬草を使って、主に民間の施療に従事している。

占星術師は、文字通り星読み。

占い師(ウラナイシ)は、カードを使い、近未来予知で生計を立てていた。

 

 

ここまでは全て男性である。

 

残る一人は、女性。

まだ子どもらしさが少し残る、赤く柔らかそうな頬と

肩まで垂らした漆黒の髪を持つ少女であった。

 

彼女はまだ職に就いてはいないのだと言った。

このツアーに参加した理由は、ただ一つ。

「夢のお告げ」だと言うのだ。

彼女は夢でスーイッシュを見た。いや、見せられたと言うべきか。

色も形も触感も、夢の中で味わったという話だった。

 

 

ハイエルは、彼女の夢の話を聞いて、「やはり・・・」とうなずいた。

誰も見たことがないものを、どうやって探せばいいのかわからない。

しかし、このツアーの参加者を募れば必ず、

何らかの手掛かりがつかめるはずと確信していたのだ。

その確信は、夢でスーイッシュを見た少女という形で実現した。

 

 

彼女の夢では、スーイッシュの姿だけが眼前に映り

他は何も見えなかったらしい。背景だとか、人物だとかは一切見えなかった。

ただ、低く荘厳な男性の声が、夢の外から夢の中へと入りこむように響いた。

 

「スーイッシュについて調べよ。」

 

男の声はそう言った。そしてまた、こうも言った。

 

「一人の男性を遣わす。彼とともにスーイッシュを求めよ。」と。

 

スーイッシュの映像が消えるとともに、入れ替わるように一人の男性の顔が浮かび

淡い光となってすぐに消えた。

 

夢から覚めた少女は、それ以来スーイッシュについて調べる日々が始まった。

通っていた学校はやめてしまった。

 

このツアーの参加者募集に彼女が応えないはずはなかった。

 

 

実を言うと、この少女に限らず

7人の参加者は、全員が何かしらの理由・・・本人にとって絶対的な理由をもって

このツアーに参加しているのだった。

 

 

 

企画人、兼案内役のハイエルは満足だった。

このツアーは必ず成功する。

必ずスーイッシュは見つかる。

根拠はどこにもなかったが、ツアーを思いついた時点で、

ほぼ確信めいた高揚感が彼を満たしていたし

 

実際に集まったメンバーに会い、それぞれの参加理由を聞くと

その思いは完全なる確信へと導かれたのだった。

 

 

 

スーイッシュを探すメンバーは九人、とハイエルの心中では決まっていた。

 

というのも、幼い頃にこの森で迷子になり、時間の淵を彷徨い歩いたときのこと。

魔女らしき女(ハイエルは魔女だと決めつけているが)に会い

一夜のもてなしを受けたことがあるのだが

女はハイエルが眠りに落ちるまで、スーイッシュの物語を聞かせてくれた。

 

翌朝、日が昇ると森の出口まで送ってくれたのだが、別れ際に一言、女は言った。

 

「ハイエルよ。お前はまたいつの日か、この森の時の淵に来る。

その時こそスーイッシュを見つけるときだよ。今度は9人でおいで。

わかったかい。9人だよ。」

 

そう念を押してから、女は森の奥へと戻っていった。

 

 

馬車に揺られながら、ハイエルは独り言のように、静かに語った。

7人の参加者は、みな黙って聞いている。

それぞれが、それぞれの思いを乗せて。

 

御者のテオだけは、その場にいなかったが

ハイエルから何度も聞かされている話である。ハイエルの熱情は誰より深く理解していた。

 

 

 

第三章 三人の学者たち

 

「虚数というものは、実数と違って、長さも重さも大きさもない。

ゆえに、この実世界では計量不可能なものなのだ。

だからと言って、非存在というわけではない。

数学上の概念に過ぎぬと言う者もいるが、私はそうは思わない。」

 

自称数学者が低く静かな声で語り始めた。

 

皆は黙ってうなずき、彼の次の言葉を待った。

 

「霊的なものかと問われれば、そうとも言えるし、否とも言える。

霊をどう捉えるかによって、その答えは変わるからだ。

私は亡霊や妖精の存在を信じてはいるが、

彼らの存在と虚数とを安直に結び付けるのは、少し飛躍し過ぎだろうと考えている。

ただ単に異世界というのでなく、実世界と虚世界は、

純然たる秩序をもって連携していると考えているからなのだ。

虚数は、もっと実際的なものだと思うのだ。誰もが常に虚数世界に触れている。

実世界だけを現実と思うところに落とし穴があるのではないか、とね。」

 

 

「ふむ。なかなか面白い意見だと思いますね。

あ、いや、面白いというのは、実に興味深いという意味ですよ。」

 

そう言ったのは、自称植物学者だった。

彼は続けた。

 

「皆さんもご存知の通り、植物には根があります。それは地中に埋まっていて

地上に見えているのは、茎、幹から上の部分。しかし、当然ながら

植物は、根なくしては生命活動を行えぬのです。

そこで考えてみてほしいのですが、動物には根がありません。

私はね、動物にとっての根に相当するものが、必ずや存在すると考えているのです。

植物の根が、地中に埋まって見えないように、

動物の根もまた、実世界からは見えないようになっていると。

では、植物にとっての地中は、動物にとっての何なのだろうか、と問うてみたときに

たった一つしか答えは見つからなかったのです。

ええ、もちろん、私の考えでは、ということですが。」

 

「それは、何です?」

 

自称考古学者が問いかけると、数学者がまっさきに声を出した。

 

「それは、空間でしょうな。」

 

「その通りです。植物にとっては、地上の体と地中の体で一つの身体でしょう。

茎と根、この二つは切り離すことのできない、別々に見えて実は一つのものです。

さて、動物ですが、彼ら・・・私たち人間も含めて、

地上であろうが、地中、水中であろうが、自由に動き回ることができます。しかし、

考えてもみて下さい。動物は、決して空間から切り離されては存在し得ないのです。

何もないように思える、この空間こそが、

動物たちが、見えない自分の根を張る場所なのではないかと私は考えたのです。」

 

考古学者が嬉しそうに言った。

 

「なるほど、お二方がスーイッシュに惹かれた理由がわかる気がしましたよ。

スーイッシュは、この世には存在しないが、この世でしか見つけることはできない・・・

とされている幻の植物ですからね。

虚数、そして動物の根という、実世界では無いとされているけれども、

その存在なくして世界が存在し得ない、または生命が存在し得ないもの・・・

これはまさにスーイッシュを彷彿とさせるではありませんか。」

 

考古学者は、三人の学者の中では、もっとも気さくな性質のようである。

彼は更に言う。

 

「私はね、以前古代文献を調査していたことがありましてね。

世界各地に残っている古代の文献。そりゃ怪しい偽書の類もたくさんあるわけですが

神話とか、伝承なんかはね、元ネタがあるんじゃないかと思えるほど、

遠く離れた場所に似たような話が残されているんですよ。

その共通性というんですか、エッセンスみたいなものに興味を惹かれましてね。

なんだか面白くってね。それで大学の研究室を出て、一介の・・・」

 

ここで彼は言葉を詰まらせ、にんまり笑って言った。

 

「トレジャーハンターになったってわけです。

あ、いえね、宝は私にとってだけの宝なもんだから、社会的な価値はありませんよ。

スーイッシュのことは、その頃に知りました。

世界の各地に、同じような謎の植物の記述があって、それぞれ呼び名は違うんですが

おそらく同じものを指しているだろうっていうのは私の見解です。

それをこの目で見てみたい、確かめたい。それが私のお宝なんですよ。」

 

「私も、アカデミーでの出世にはもとより興味もない。自説を認められたいわけでもない。」

 

と数学者。

 

「私もです。新発見をしたいわけでもありませんし、論文を認められたいとも思いません。

それよりも、私は体験したいのです。私の見えない根っこを。」

 

と植物学者。

 

「そうだ。私も体験したいのだ。虚数世界で息づいているもう一人の私自身を。」

 

数学者の言葉に、皆はうなずいた。

 

 

 

第四章 老呪い師

 

学者三人は、およそ同年代のようである。五十代後半といったところか。

 

 参加メンバーの中で最も高齢と思われる男が、ゆっくりと口を開いた。

顔に深く刻まれた無数の皺。しわがれた声。

その割には、かくしゃくとした身体の動きが妙にアンバランスではあったが

立ち居振る舞いからして、よほど自然の中での生活が長かったのか

しなやかな身のこなしが、いかにも自然体であった。

 

「わしは・・・、呪い師じゃ。呪文も使うが

やっていることは、ほとんど薬草を使った民間施療なんじゃ。

話せば長くなるがの、まあ、できるだけ端折って話してみよう。」

 

呪い師の話は、およそ次のようなものだった。

 

彼は幼い頃から、天賦の才能を持っていた。

それは、草木の声が聞こえるというものである。

声とは言っても言葉ではないため、他の人間にどう説明してよいものやら全くわからない。

周囲の人間に気味悪がられる子ども時代を送った。

しかし、あるとき、神の導きか、一人の老呪い師に巡り合うことができた。

 

「わしは草木の導きだったと信じているがの・・・」

 

と、呪い師は柔らかく笑った。

 

「わしの師匠の呪い師も、草木の声が聞こえたのじゃよ。

彼は、まだ年若いわしにこう言った。

人間の世で我々のような者が生きていくためには、この不可思議な力を

人間の役に立つように使う必要があるとな。

彼はわしに、弟子にならんかと言った。草木から薬を作るんだ。

草木の声が聞こえるお前には、さほど難しいことではなかろうと。

わしは彼の元で学んだ。学ばなければならんことは山ほどあった。

師匠とともに山野に起臥し、修業を積んだ。

師匠が世を去ってからは、里に下りてきて呪い師で生計を立てておる。」

 

呪い師の話を聞いている三人の学者たちの目が輝いている。

まるで少年の頃に戻ったかのような活き活きした瞳で呪い師の話に聞き入っていた。

 

「スーイッシュのことは、師匠から聞いたことがある。

幻の植物ゆえ、師匠も出会ったことはないと言っていたな。

そのことは、もうずっと忘れていたが、最近になって急に思い起こされてのう。

その植物はどんな声を出すんじゃろう。どんな声で話すんじゃろう。

わしに何を語ってくれるんじゃろうと、そのことばかり考えるようになったんじゃ。

そこへ、このツアーの参加募集の話が舞い込んだというわけじゃ。

のらんわけにはいかんじゃろうて。」

 

老呪い師は楽しそうに、かかかと笑った。

 

 

 

第五章 占星術師

占星術師は、一見男とも女ともわからぬ恰好をしていた。

なかなかのお洒落らしく、派手ではないが、シックな色でコーディネートされた服装。

若く見えるが、はち切れんばかりの若さというのではない。

しかし瑞々しさが肌から立ち上っている。若作りとはかけ離れた落ち着きもある。

ブロンドの巻き毛は長く、白い肌にキリっと引き締まった赤い唇。

きゃしゃな骨格。細く長い指の先は深いピンクのマニュキュアをしている。

美しい顔立ち、スラリとしなやかに伸びた背筋。長身。

喉ぼとけが見えなければ、大柄な女と見えたことだろう。

 

彼は、見かけに似合わぬ太い声で言った。

 

「アタシはね、売れない画家だったの。あんまり売れないもんだから

趣味でやってた占星術を副業にしたのよ。

今ではすっかりそっちが本業で、趣味で絵を描いているわ。

うん?・・・この恰好とかしゃべり方とかは、画家の頃からずっとそうよ。

男とか女とかにこだわりたくなくてさ、自分のやりたいようにやったら

こうなっちゃったってだけ。

別にオカマじゃないわよ。ゲイでもないし。

そんな風に色分けすること自体に、アタシは興味ないのよね。

名付けることで安心するっていうの、わからないでもないけど

どうだっていいじゃないの。アタシは気にしないことにしたのよ。」

 

彼女、いや彼は、何気ない風に前髪をかき上げて微笑んだ。

 

「天動説と地動説ってあるでしょ。」

 

彼は唐突に話題を変えた。

 

「それって、地球を中心に宇宙の広がりを見るか、宇宙という広がりを基準に地球を見るか

視点の違いなわけでさ、どちらが正しいって話じゃないとアタシは思ってるの。

地動説を唱えて火あぶりされた人たちは本当にお気の毒よね。

まだ時代が、二つ目の視点に追い付いてなかったのよね。

今なら子供でも地動説を理解しているわよね。そして、天動説は間違いだったって言うわけ。

でもね、アタシ、思うの。

この二つを統合する、更に深い視点が必要だって。

というのもね・・・。」

 

彼はここで一息ついた。

 

「うまく言えるかどうかわかんないけど・・・

従来の占星術は、天動説的視点なわけよ。

ホロスコープで星の配置を見るんだけど

いまだ地動説的視点のホロスコープは一般的ではない。

何が言いたいかっていうとね

天動説的視点の従来の占星術でわかる人生は、いわば決まった運命をなぞるだけの

シミュレーションゲームに過ぎないんじゃないかってこと。

自分の運命、運勢、使命?・・・そんなものがわかって、それが何なの?って話。

これを破っていくにはさ、全く別の視点を取り入れた、いえ、取り込んで統合した

星読みが必要なんじゃないかって。」

 

「うん。それ、僕もそう思います。」

 

これまで黙っていた若い占い師が声を出した。

そして、皆の視線が自分に集まっていることに気付いたように、周りをぐるりと見まわした。

占星術師の話を途中で遮ってしまったのではないかと、一瞬ためらったのだ。

占星術師は、晴れやかな笑顔で占い師に言った。

 

「あなたの話が聞きたいわ。」

 

占い師を除く全員がうなずいた。

 

 

 

第六章 若きカード占い師

参加メンバーの男性陣の中で、最も年若い占い師は

両手を揉み合わせるようなしぐさをしてから言った。

 

「僕は、捨て子だったんです。教会のマリア像の前で、籠に入れられて泣いている

赤ん坊の僕を、一人の助修士が早朝の掃除のときに見つけてくれました。

僕は、修道院で育てられましたから、

司祭様や修道士たちから読み書きを教わって育ちました。

 

ただ・・・僕には、拾われたときから、いえ、捨てられたときからでしょうか、

ある運命がつきまとっていました。

 

僕が入れられていた籠には、一通の手紙と33枚のカードが添えられていたんですが、

手紙はまるで暗号のような、修道士たちも見たことがない文字・・・

縦書きで、何かインクがうねったような文字が書かれていたんです。

カードの方には文字はなくて、33枚、それぞれ別の絵といいますか、

図柄が描かれていました。

 

僕が5歳のときでした。ある修道士が、その暗号のような手紙を解読してくれたんです。

解読っていうのも変ですね。その文字がモンゴルの文字だということがわかって、

モンゴル語が分かる人に読んでもらいました。」

 

「何て書いてあったの?」

 

占い師の隣に座っていた黒髪の少女が、突き刺すような瞳で占い師を見て尋ねた。

占い師は、ちょっとばかり狼狽して、目を瞬かせた。

 

「あ、ごめんなさい。私・・・モンゴル人の血を引いているものだから。つい・・・。」

 

「えっ?」

 

誰もが驚いたように少女を見た。

 

「ごめんなさい。お話の途中だったのに、中断させてしまって。

私は西洋人だけど、私の黒髪と黒い瞳は、先祖返りだって、よく親から聞かされていたの。

私の遠い祖先が、モンゴルから来たっていう話だったわ。

親戚の誰もモンゴル語は話せないし、見た目も普通の西洋人なのよ。

ただ、私の容姿が東洋系なもんだから、

代々言い伝えられてきた、先祖がモンゴルから来たって話が、

私にはとても身近に感じられて。

ついモンゴルって言葉に強く反応してしまって・・・。」

 

「そうだったんですか。なにか、こう、妙な縁ですね。」

 

「私のことは、また後で話します。あなたの話を続けてください。」

 

占い師は小さくうなずいて、また話し始めた。

 

「その手紙には、こう書かれていたんです。

   この子供をカード占い師として育てよ。   

カードを使う占いなんて、修道院では誰もできません。

それに、タロットカードならともかく、33枚の、僕に与えられていたカードは

どんなカード占い師も知らないらしいのでした。

でも、僕は、そのカードの意味が・・・

一枚一枚の意味だけでなく、どんな人、どんな時、どんな場合という

時と場合によって変わる意味さえも、自然と読み取れたんですよ。

小さな子供の頃から。

 

そしてね、その手紙には、もう一つ    この子供に、ゾルツェツェグを探させよ   

とも書かれていたんです。

ゾルツェツェグっていうのは、どうやら『輝く花』という意味らしいです。

 

ともかく僕は、カードとともにゾルツェツェグを探すという運命を背負ってしまっていたんです。

ゾルツェツェグが一体どんな花なのか見当もつきませんでしたが

カードによると、スーイッシュとゾルツェツェグは同一のものらしいのです。

 

それで、このツアーに参加申し込みしました。

 

あ、僕は15歳のときに修道院を出ています。現在21歳です。

六年間、俗世で占い師として身を立ててきました。

僕としては、そのまま修道士になりたかったのですが、そうもいかなくて。」

 

 

 

参加メンバーの男性陣の中で、最も年若い占い師は

両手を揉み合わせるようなしぐさをしてから言った。

 

「僕は、捨て子だったんです。

教会のマリア像の前で、籠に入れられて泣いている赤ん坊の僕を、

一人の助修士が早朝の掃除のときに見つけてくれました。

僕は、修道院で育てられましたから、

司祭様や修道士たちから読み書きを教わって育ちました。

ただ・・・僕には、拾われたときから、いえ、捨てられたときからでしょうか、

ある運命がつきまとっていました。

 

僕が入れられていた籠には、一通の手紙と33枚のカードが添えられていたんですが、

手紙はまるで暗号のような、修道士たちも見たことがない文字・・・

縦書きで、何かインクがうねったような文字が書かれていたんです。

カードの方には文字はなくて、33枚、それぞれ別の絵といいますか、

図柄が描かれていました。

 

僕が5歳のときでした。

ある修道士が、その暗号のような手紙を解読してくれたんです。

解読っていうのも変ですね。その文字がモンゴルの文字だということがわかって、

モンゴル語が分かる人に読んでもらいました。」

 

「何て書いてあったの?」

 

占い師の隣に座っていた黒髪の少女が、突き刺すような瞳で占い師を見て尋ねた。

占い師は、ちょっとばかり狼狽して、目を瞬かせた。

 

「あ、ごめんなさい。私・・・モンゴル人の血を引いているものだから。つい・・・。」

 

「えっ?」

 

誰もが驚いたように少女を見た。

 

「ごめんなさい。お話の途中だったのに、中断させてしまって。

私は西洋人だけど、私の黒髪と黒い瞳は、先祖返りだって、よく親から聞かされていたの。

私の遠い祖先が、モンゴルから来たっていう話だったわ。

親戚の誰もモンゴル語は話せないし、見た目も普通の西洋人なのよ。

ただ、私の容姿が東洋系なもんだから、

代々言い伝えられてきた、先祖がモンゴルから来たって話が、

私にはとても身近に感じられて。

ついモンゴルって言葉に強く反応してしまって・・・。」

 

「そうだったんですか。なにか、こう、妙な縁ですね。」

 

「私のことは、また後で話します。あなたの話を続けてください。」

 

占い師は小さくうなずいて、また話し始めた。

 

「その手紙には、こう書かれていたんです。

 ・・・この子供をカード占い師として育てよ・・・   

カードを使う占いなんて、修道院では誰もできません。

それに、タロットカードならともかく、33枚の、僕に与えられていたカードは

どんなカード占い師も知らないらしいのでした。

でも、僕は、そのカードの意味が・・・

一枚一枚の意味だけでなく、どんな人、どんな時、どんな場合という

時と場合によって変わる意味さえも、自然と読み取れたんですよ。

小さな子供の頃から。

 

そしてね、その手紙には、もう一つ

・・・この子供に、ゾルツェツェグを探させよ・・・   

とも書かれていたんです。

ゾルツェツェグっていうのは、どうやら『輝く花』という意味らしいです。

ともかく僕は、カードとともにゾルツェツェグを探すという運命を背負ってしまっていたんです。

ゾルツェツェグが一体どんな花なのか見当もつきませんでしたが

カードによると、スーイッシュとゾルツェツェグは同一のものらしいのです。

それで、このツアーに参加申し込みしました。

 

あ、僕は15歳のときに修道院を出ています。現在21歳です。

六年間、俗世で占い師として身を立ててきました。

僕としては、そのまま修道士になりたかったのですが、そうもいかなくて。」

 

 

 

 

第七章 少女とカード占い師の不思議な縁

 

「私、あなたを知っていたの。」

 

占い師の横に座っていた黒髪の少女は、ちょっと小首をかしげるようにして言った。

 

「実は、僕も、なんだか君を見たことがあるような気がしてしかたなかったんですよ。

どこで会いましたっけ?」

 

「夢よ。私の夢。」

 

「ああ、スーイッシュを見たという、あの夢ですか。」

 

と、企画人、兼案内人のハイエルが言った。

 

「ええ。そうなんです。夢の中で声がして、

スーイッシュについて調べよ。一人の男を遣わすって。

そして現れたのが、そう、あなたの顔だった。あなたを見た時、すぐにわかったの。

でも、そんなことを説明するのも面倒っていうか、なかなか信じられないことでしょう。

受け入れがたいっていうか。だから、今まで黙っていたんです。

それとなく隣に座って、あの夢の男性に間違いないって、確信していたの。

まさか、モンゴルっていう共通点?・・・符号っていうの?

そんなことまであるとは思いもしなかったけれど。」

 

一同は深くうなずいて二人を見やった。

ハイエルは、うれしそうに声をはずませて言った。

 

「まさに順調。この旅は我々にとんでもないものをもたらすでしょう。」

 

そのとき、馬車が停まった。

 

「到着しました。」

 

外でテオの声がする。

ハイエルの最も信頼する男、ノイマン家の従者、騎士のテオの声であった。

 

ハイエルは一番に身を乗り出し、馬車の扉を開いた。

 

「着きましたよ。みなさん。時間の淵への入り口です。」

 

 

 

第八章 時の淵と魔女

ハイエルがまず馬車を降りた。

その後に7人が続く。

数学者、植物学者、考古学者、呪い師、占星術師、黒髪の少女

最後にカード占い師が降り立った。

 

一人一人に手を差し伸べながら、ハイエルは

 

「ようこそ、時間の淵の入り口へ。」

 

と、にこやかに言った。

そして、おもむろに振り向いたとき、あっ!と声をあげた。

 

「なんだい、その驚きようは。」

 

ハイエルの後ろに立っていたのは、御者のテオではなく

杖を持った一人の老女であった。

 

「まさか、わたしのことを忘れたとは言わせないよ。」

 

ニヤリとした含み笑いに、ハイエルは戸惑いながらも答えた。

 

「覚えていますとも。あなたこそ、このツアーを私に導かせた張本人ではありませんか。

あの日、私が森で迷子になった日のことを忘れるはずがありません。

・・・しかし、テオは?・・・まさか・・・」

 

「フフン、まさかわたしが取って食ったとでも?」

 

黙って呆気にとられたままの7人に向かって老女はニンマリ笑い、

それからハイエルに向き直って言った。

 

「まだわからないのかい?わたしだよ。テオはわたしだったんだよ。」

 

呆然と立ち尽くす8人に、老女は言った。

 

「立ち話もなんだから、歩きながら話すとしよう。

ここに、見えないラインが一筋引いてある。これを跨げば時の淵さ。

行くよ。」

 

老女は長い杖で地面に線を引くしぐさをした。

 

「跨ぎ方を見れば、覚悟のほどがわかるというもの。

 いや、なに、気にしないでおくれ。わたしの独り言だ。

 ここまで来た者に、覚悟もへったくれもありゃせん。」

 

老女はさっさと歩き始めた。

後を追ってハイエルが。そして次々に7人が時の淵へと入っていった。

 

後ろを振り向きもせずに老女は言った。

さほど大きな声とも思えなかったが、

なぜか8人の耳に、彼女の声はしっかりと届いたのだった。

 

「あの日、まだ小さかったハイエルを森の出口まで送り届けてから、

わたしは森にいったん戻って、その後ハイエルの家に行ったんだよ。

若い騎士の姿になってね。ノイマン家の従者になるためさ。

なんったって、わたしは魔女だからね、姿を変えるくらいは朝飯前だ。

お前もわかっていただろう?わたしが魔女だってことは。」

 

老女は立ち止まり、振り向いて、ハイエルを見た。

 

「お前が、あの日のことを忘れてしまわないようにね。

 常にお前のそばにいて、道を示すためだよ。

 子供ってやつは、大人に諭されれば、どんなに自分の中に確かにある現実も、

夢物語ってことで押し込めちまうからね。胸の奥深くにさ。

けして消えてなくなるわけじゃないがね、忘れてしまうってことはよくあるもんさ。」

 

ハイエルは、これまでテオにだけは熱心に子供のころの不思議な出来事を話してきた、

その理由が今やっとわかったのだった。

 

最初は微笑んで聞いてくれた母でさえ、ハイエルが十五歳になった日に、

フォルストマイスターの跡継ぎとして相応しい人間になるように、

とやんわりと釘を刺したものだ。

 

テオがいなければ、いや、魔女がテオとしてハイエルの従者になっていなければ

今日のツアーを思いつくこともなかったろう。

子供の頃に見た、森の幻として片付けてしまい、

ただの思い出の一つに過ぎなくなっていたに違いない。

 

「もうすぐ着くよ。スーイッシュの生える場所にね。」

 

魔女はそう言って、また歩き始めた。

 

   

 

 

第九章 縛られた女と8本の剣

雑木が鬱蒼と乱れ立つ森を、一人の魔女に先導されて皆は歩いた。

 

植物学者は、落ち着かない様子で辺りを見回しながら、時折呪い師に目を向ける。

呪い師は、その視線に気づいて、軽く会釈し、笑顔を見せた。

星読みは、そんな二人の様子に気付いて、うんうんというようにうなずいてから空を見上げた。

 

空を覆うように繁る木の葉の合間から、木漏れ日が漏れている。

 

魔女が立ち止まって言った。

 

「ここだよ。」

 

唐突に森がひらけて、9人の前に10メートル四方ほどの草原が現れた。

芝生のような、丈の短い草ばかりで、花は咲いていない。

それよりも、皆の目を強烈に惹きつけたものがある。

草原の真ん中に立つ一本の木と

その木に縄で縛られ、目隠しをされてうなだれる少女の姿。

そしてその周囲には、木に縛られた少女を取り囲むように

8本の剣が地面に突き刺さっていたのだ。

 

「何?、これ・・・まるでタロットカードのソード8番じゃないの!」

 

最初に声を上げたのは星読みだった。

確かに、剣が突き刺さっている場所、構図は違うが、

タロットの8番のソードのカードそのものと言ってよかった。

 

「う・・・」

 

と、カード占い師も呻くような声を上げた。

 

「なんで私があそこにいるの?!」

 

黒髪の少女が叫び声を上げて、中央に向かって走り出した。

そう、中央の木に縛られている少女は、まさに黒髪の少女とうり二つだったのだ。

 

走り寄った少女は、突き刺さった剣の辺りで、何かに弾き飛ばされるように後ろに転がった。

 

「お待ち。焦るんじゃないよ。ものには順序ってもんがあるんだ。」

 

魔女は、ゆっくりと黒髪の少女に近づき、手を出して助け起こした。

 

「必ずこの娘を救ってやろうじゃないか。わたしたちみんなでね。

この娘はあんただ。

だから、目隠しを取ってやるのも、縄をほどいてやるのも

あんた自身の手でしなきゃならない。

だが、そんなあんたに、わたしたちは手助けができるってわけなんだ。」

 

 

 

第十章 数学者、己の剣を抜く

遠巻きに見ていた残りの7人も、二人のそばにやってきた。

魔女に手を取られて起き上がったばかりの少女は、

荒い呼吸を調えようと深呼吸をしている。

 

「あの木は、アプリコットですね。」

 

草原の中央に立つ一本の木を指さして、植物学者は言った。

そう、今、目の前にいる少女とうり二つの、もう一人の黒髪の少女が

縛り付けられている木である。

 

「お嬢さんは、あの木と同じ匂いがします。

アプリコットの原産地はモンゴルだと言われているんですよ。

知っていましたか?」

 

少女は軽く首を横に振った。

彼女の髪から、ふわりとアプリコットの匂いが漂う。

 

「ここら辺は、アプリコットの響きで満ちておるな。

あの娘を、ずっと守ってきたんじゃろう。」

 

そう言ったのは、呪い師だった。

 

「さあて、そろそろ始めようか。」

 

魔女が言った。

 

「ここからは、わたしの言葉をよく聞いておくれ。

順序を間違えないように。」

 

ずは、と、魔女が杖で指し示したのは、数学者だった。

 

「お前さん、そこの剣を抜いてみな。ゆっくりでいいよ。しっかり柄を握ってね。」

 

数学者は、私ですか・・・というような驚いた顔を一瞬見せたが、

すぐにうなずいて、自分の前に突き刺さった剣の柄を両手で握った。

う・・・、抜けない。

 

魔女は、まるで呪文でも唱えるように淡々と語り始めた。

 

「その剣は、お前の知だ。外界に既にある、誰かが考えた知識ではなく

お前の中にある知の力だ。それを呼び覚ますように生きるのだ。

しかし、決して知に偏り過ぎぬよう、気をつけろ。

知の力に振り回されてはならん。」

 

魔女が語り終えた瞬間、剣が抜けた。

熱でも発しているかのように、剣の刃の周りの空気が揺らいで見えた。

 

「そのまま、持っていておくれ。全員が自分の剣を抜き終わるまでね。

さあ、お次は、お前だよ。」

 

と、魔女は植物学者に杖の先を向けた。

ほとんど予期していたのだろう。

植物学者は、ためらいなく目の前の一本の剣に手を伸ばした。

またもや魔女は、呪文でもつぶやくような声で語り始めた。

 

「この森に入った時から、お前の力は開き始めている。

植物たちの声が聞こえるようになっているだろう。」

 

「確かにそうです。が、何故それを?」

 

植物学者は、剣を抜く手を止めないままに、魔女に尋ねた。

 

「見ていればわかるよ。なあ、そこの老まじない師さんよ。」

 

と、魔女は呪い師の方を見て、ニヤリと笑った。

呪い師も笑い返す。星読みも優しく微笑んでいる。

 

「その剣は、お前の知りたいことを知るための道しるべとなる。

剣の示す方向に迎え。必ず植物が応えてくれる。」

 

スッと剣が地面から抜ける。植物学者は、まじまじと、自分の手が持っている剣を見て

その音を聞くかのように、耳を刃にそっと近づけた。

小さくうなりが聞こえる。

 

「さて、次はお前さんだ。」

 

魔女が杖を差し出したのは、考古学者だった。

 

 

 

第十一章 考古学者の疑問、剣を抜く順番

考古学者は、魔女の方に一歩踏み出して言った。

 

「剣を抜く前に、一つお尋ねしたいことがあるのですが。」

 

「ああ、かまわないよ。聞きたいことは何でも聞いておくれ。

剣を抜くのは、納得してからの方がいいだろうさ。」

 

「ありがとうございます。では、率直に。」

 

率直に、とは言ったものの、すぐに言葉は出ず、

考古学者は、深く息を吸い、吐きながら肩の力を抜くようにして、言葉を続けた。

 

「あなたは先ほど、順序を間違えないようにとおっしゃった。

その順序というのは、剣を抜く順番という捉え方でよろしいですかな。」

 

「ああ。そうだよ。でも、あんたが聞きたいのはそんなことじゃないだろう。」

 

「はい。実にその通りで。」

 

ちょっと口ごもった後、考古学者は堰を切ったようにしゃべり出した。

 

「その順番は、年代順ではないのかと思ったんですよ。

年代というのは、年齢の意味ではなく、生きている時代のことです。

私たち8人は、実は違う時代に生きている人間の集まりなんじゃないでしょうか。」

 

魔女は、嬉しそうに含み笑いをして黙っている。

魔女の笑みを受けて、考古学者は続けた。

 

「やはりそうでしたか。

最初馬車に乗り込んだときはね、みなさんそれぞれが変わった服装をしている

と思ったんですが、スーイッシュを探す旅なんてものにやってくる連中だ。

私も含めて酔狂ぞろいだから、身なりも酔狂にわざとしているんだろうって、

そう考えていたんですがね。

途中から、何か違和感を覚え始めましてね。私は世界中を旅した人間です。だからわかるんですが…。

異国の人は、民族衣装を着ていなくとも、

その国の雰囲気を身にまとっているものなんですよ。

ここに集まった皆さんには、なんとなくそういうのに近い雰囲気を感じたんです。

国は全員ドイツだ。だけど、身にまとっているものが明らかに違う。

これは、生きている時代の違いなのではないかとね。

時代が違うと直感したのには、もう一つ理由があります。

言葉です。同じドイツ語とは思えないほどに発音も言い回しも違うってことに

話している途中で気づいたんです。

最初はわからなかった。

なぜなら、会話中では、話の内容が音声よりも強く、

テレパシーみたいに心に響く感じだったんです。

意味がすらすらわかるもんだから、言葉の違いに注意を向けなかったんですよ。

でも、いったん気付いてしまうと、何故なんだろうって考えてしまいました。

それで出た結論が、時代の違いだったんです。

 

もしそうだとすると、剣を抜く順番があるのだとすれば、

時代の新しい人からか、あるいは古い人から順々に、とまあ、そう推測したわけです。

ところが、私の見たところ、そちらの占星術師さんの方が、私より新しい時代、つまり私の時代から見ると未来にあたる時代の人に思えて仕方ないんですよ。

 

剣を抜いたのは、数学者さんから始まって植物学者さんでしょう。その次が私。

どう考えても古い時代から順々になっているとは思えないし。

この順番の意味を、教えてもらってから剣を抜きたいのですが。」

 

うんうんというように魔女はうなずいた。

 

「よく気が付いたね。生きている時代が違うっていうのは、全くその通りだよ。

お前たちは、みんなそれぞれ異なった時代からここに集まってきた。

一番新しいのは、この娘だよ。

一番古いのは、あの占い師の坊やさ。

この二人は、いわば、魂の双子とでも言おうかね。

お前たち男7人にしたって、同じ魂を持つ人間なんだけどね。

まあ、その辺のところはまた追々話すとして。今は順番の話だったね。

 

剣を抜く順番は、時代の順番とはあんまり関係ないよ。

一番抜きやすそうなものから抜いているってだけさ。

 

この娘を除く、他の男たちはね、実はみんな一つの魂が生まれ変わった姿なのさ。

お前たちは、相手を見て、自分とは違う他人だと思っていただろうが

8人全部が、違う時代に生きる自分だったというわけさ。

過去も現在も未来も、実は同時に存在しているんだよ。

先祖や子孫っていうのとはわけが違うからね。勘違いしないでおくれよ。

 

始まりは、捨て子の占い師だ。そしてハイエル・ノイマン。それから呪い師の爺さん。

そして考古学者、植物学者、数学者、星読みの順だよ。

 

この7人は、違う世界に住む同じ一人の男だと思えばいいだろう。

この娘はね、その一人の男にとってのツインレイだ。

男一人と娘一人で、一つの魂ってことさ。

 

わたしはね、お前たち8人の専属の天使みたいなもんでね。

ハイヤーセルフって言えばわかるかい。

私も、お前たち8人と切っても切れない同じ一つの魂を源としているんだよ。

魂部門がわたしで、人間部門がお前たち。

そんな感じかねえ。

だから、私は男でも女でもない。

今は女の姿をしているがね、

ただ人間に化けているだけときだけ、男になったり女になったりするのさ。

本当のわたしにはね、性別はないんだよ。

 

ああ、そうだ。剣を抜く順番の話をしよう。

 

おまえたちは、魂を忘れて人間として地上で生きているうちに、

自分ではないものに縛られて生きてきた。

本当は自分で自分を縛ったんだけどね、そのことを忘れてしまってるのさ。

常識ってやつが、その最たるものだね。

 

おまえたちはみんな、そんな常識に抗い、跳ね飛ばして自分を生きようとしてきただろう。

例外なく、全員がね。

中でも星読みはね、最も根強いもの・・・

性別と年齢、老いと言ってもいいね。そういったものに真っ向から抗って生きている。

星読みが持つべき剣は、最も深く大地に刺さっているんだよ。

抜き取るには、他の剣を抜いてやって、大地の負担を軽くしてやるのが手っ取り早い。

 

わかるだろう。

もしも指に何本もの棘が刺さった時、一番抜きにくそうな棘から抜くよりも

抜きやすそうなものから抜こうとする。そんなもんさ。

 

だからと言って、星読みが一番偉くって、

数学者が大したことのない人生だと言ってるわけじゃないよ。

みんなそれぞれに、自分の人生で精いっぱいの働きをしているのさ。

なんといっても、どれもみんな自分自身じゃないか。

 

わたしは時代を超えて、お前たちのサポートをし続けてきたんだ。

最初と最後をつなぐためにね。

そして、あの娘の縄を断ち切らせるためにね。

 

ごらん。あそこで縛られて目隠しされている娘を。

 彼女は、こっちの娘のもう一つの姿でもある。

そして、お前たちみんなの姿でもある。

あの縄を断ち切るのは、他でもない、お前たち自身の意志の力だよ。

私には杖はあるが、剣はないんだ。

あの縄は、お前たちの剣でしか切ることはできないんだよ。

わたしたちは、運命共同体どころか、本物の一つの魂であり

その現れなんだ。」

 

「わかりました。・・・いえ、まだ頭は少々混乱していますが。

それでは、剣を抜きます。」

 

と言って、考古学者は剣を大地から引き抜いた。

 

 

 

第十二章 老呪い師とその師匠の秘密

 

「次はわしの番じゃな。」

 

剣の前に進み出た老まじない師が言った。

 

「相変わらず、察しがいいね。」

 

魔女がニヤリと笑った。

 

「わしも一つ聞いておこう。もう答えはわかっておるが・・・。」

 

老まじない師も、魔女によく似た笑いをニヤリと返した。

 

「あんたは、わしの師匠じゃろ。

わしと同じように草木の声が聞こえ、わしを森に連れ出し、

わしに薬草の抽出法やら、草木のことならなんでもかんでも教えてくれた。

呪文の唱え方もな。

あんたは、あの師匠じゃな。」

 

「ああ、そうだよ。」

 

「わしは師匠を、人間の男だとずっと思い込んでいたが

あんたが、御者のテオになるくらい朝飯前だというのを聞いた時、

もしやと思ったよ。その後、森を歩いている間に、森からあんたの情報を得た。

なるほどと、合点がいったもんじゃ。

幻の植物、スーイッシュの話をしてくれたのも、師匠があんただったからこそじゃな。

わしが一人前になった頃、わしの目の前で息を引き取り、

わしはこの手で土を掘り、あんたを葬った。今でも覚えているさ。

朝までわしは泣いたんじゃ。唯一の理解者を永遠に失ったと思ってな。

 

じゃが、あんたは、死んでなどいなかった。

そうじゃ、死ぬどころか、生きてさえいなかったんだ。普通の人間としては。

まんまとしてやられた気がして、笑いを抑えきれん。」

 

そこで呪い師は、ブハッハッハッハーと大きく笑った。

魔女も大笑いしている。

他の7人は、呆気に取られていたが、やがて二人の笑いにつられてクスクスと笑い出し、

ついに大爆笑となった。

 

一同の笑いがおさまったとき、呪い師が言った。

 

「さあ、抜こうかの。よいか。」

 

「ああ、いつでもいいよ。もう軽く抜けるはずだ。」

 

呪い師は剣を地上から抜き取り、天に高くかざした。

美しい鋼の音が、森に木霊した。

 

 

 

第十三章 つながる時代とハイエルの剣

 

「待たせたな、ハイエル。」

 

魔女はハイエルを真っすぐに見た。

残す剣は4本である。

アプリコットの木に縛られた少女を取り巻くように、円形に突き立てられていた8本の剣の内、

少女の前面の3本と、右手側の1本が既に抜けている。

 

「さあ、お前はこっちの剣を抜くんだ。」

 

と、魔女は縛られた少女の左横の剣を杖で指し示した。

ハイエルは、その剣の前に立ち、柄に手を添えてからうつむいて言った。

 

「まさかテオがあなただったとは・・・。」

 

「ふふん。お前は、今、家に帰ってからの心配をしただろう。

テオのいない生活のことを。

スーイッシュをまだ見もしない内に、帰ってからの心配をするとは

全くハイエルらしいねえ。お前は小さい頃からそうだった。」

 

ハイエルは顔を赤らめた。

 

「そうさ。お前は、ここでスーイッシュを目撃したあと、現実の世界に戻らねばならん。

そこにはもうテオはいない。テオとしてのわたしの役目は終わったからね。

お前は一人でこの森から帰るんだ。自分の時代の時空間へね。

それは、他のみんなも同じだよ。

それぞれが、それぞれの時代の時空間へと戻って、

それぞれのやるべきことをやって人生を全うするのさ。」

 

老まじない師が言葉をはさんだ。

 

「わしは、ここに留まろうと思っておるがの。」

 

「ああ、そうだな。お前さんはそれでよかろうて。

わたしと一緒に守護天使となって、この時の淵からみんなをサポートしようじゃないか。」

 

植物学者がにこりと笑って言った。

 

「それは頼もしい。」

 

「ハイエルよ、お前はスーイッシュの物語を、

お前の時代に埋め込むという大事な働きをせにゃならん。

日記にでも書き留めておくんだな。

いずれ後の世に、そこの考古学者がその日記を見つけてくれる。

そうすりゃ植物学者の目に留まり、彼は研究に没頭するだろうさ。

世に広まるとまではいかなくとも、そこの数学者の目には、必ず留まることになる。

この流れが、新たな時空間の在り方の発見へと繋がっていくんだよ。

 

ハイエルには、もう一つ、フォルストマイスターとしての仕事もある。

時の淵への出入り口を、この森から失われないように、しっかり管理するんだよ。

後の世にも残るようにね。」

 

「ああ、そういうことだったのですね。」

 

と、ハイエルは深く納得するようにうなずいた後、少し首をひねり、続けて言った。

 

「でも、一つ疑問があります。

私の家には、代々受け継がれた、スーイッシュの伝説が既にあるんですよ。

私が埋め込む以前からある伝承とは何なのでしょうか。

私たちと無関係とは思えません。」

 

「そうだね。それについても話しておかないといけないね。

お前たちは男7人で一人の男だと言ったのは覚えているかい。

そして、この娘とはツインレイなんだ。二人で一つ。

だから、お前たちは8人で一つだとも言えるんだよ。

そこにわたしというハイヤーセルフ、高い次元の自分がいるわけだ。

いわば、9人でひとまとまりの存在さ。

そんなひとまとまりが、他にも数限りなくあるってことなんだよ。

時間的にも連綿と続き、空間的にも延々と広がっているのさ。

言葉や表現が違おうと、源へと遡れば、一つの魂へと還っていく。」

 

「それで、世界中にスーイッシュによく似た伝承が残っているというわけですね。」

 

考古学者が言った。

 

「ああ、そうとも言える。だけどね、別に植物だけの話じゃないよ。

古代からの伝承、伝説は、ある一つの源から発せられて、

人間の世で数限りなく展開していったって寸法だ。

石や岩の話もあれば、音や言葉に関する話もあるだろう。数え上げればきりがない。

わたしたちは、数ある話の中で、この物語を選んだというだけのことだ。

どの物語を選ぼうと、目的は一つさ。

全てが源に還るための道筋なんだよ。

 

さあ、そろそろ抜いてもいいんじゃないかい。」

 

ハイエルはうなずき、柄を握る手にぐっと力を込めて、抜いた。

ハイエルが抜き取った剣の刃には、渦巻き文様が彫り込まれていた。

 

 

 

第十四章 集大成としての占星術師が抜く剣

「次はアタシね。どの剣を抜けばいいかしら?」

 

占星術師が魔女に向かって尋ねた。

 

「真後ろの剣だよ。

お前は・・・わたしに一番近い。

いや、なに、似ているという意味じゃないよ。

男と女の間に位置する、そんなような意味さ。

わたしには性別も年齢もない。

お前は、性別と年齢を、意識の上で超えたんだよ。」

 

占星術師は、大股でゆっくりと歩き、アプリコットの木の真後ろに立った。

そこは当然、縛られた少女の真後ろでもある。

 

占星術師が柄に手を置くと、魔女は呪文を唱えるような口調で語り始めた。

 

「お前は星読みとして、人間の定まった運命、

つまりシミュレーションゲームとしての人生が、閉じられた輪のようなものだと気が付いた。

ゲームオーバーしても、また次のゲームへと輪廻を繰り返し

天動説的な星の支配をみずから受ける人間に、

新たな人生の扉を開くこともできるのだと、地動説的星読みを開始したんだ。

 お前がそこに至るには、ここにいる全員の人生が反映されなければならなかった。

よくやったと言いたいね。

お前も、みんなも。

 

さあて、お前は、もう一つの働きをも忘れてはいけないよ。

お前は絵描きなんだよ。

お前の描く絵には、魔法の力がある。

自分を癒し、他人も癒す、魔法の力がな。

 

描き続けるんだよ。

花を、草木を、人を、空を、星たちを。

お前の目に映る自然のすべてをね。」

 

占星術師の大きな瞳が涙でうるんだ。

細い指を柄に巻き付けるようにして握り、一気に剣を抜き取った。

剣先から七色の光が放たれて、空に大きな虹の橋を架けた。

 

 

 

 

第十五章 始まりと終わりをつないで、縄を断ち切る

「いよいよ最後の剣を抜く時が来たね。

残る剣は2本。始まりと終わりの剣だ。

だから、これは2本同時に抜かなけりゃいけないんだよ。」

 

魔女は更に続けた。

 

「その前に、あの娘の目隠しを取ってやりな。」

 

と、魔女は黒髪の少女に向かって言った。

 

「お前の手で、ほどいてやるんだよ。優しくね。」

 

少女は、ぐっとうなずいて、アプリコットの木に縛られている少女・・・

自分とそっくりの、おそらくは、もう一人の自分に近づき、

うなだれている少女の目隠しの布を、優しい手つきでほどくのだった。

 

一枚の布がはらりと地面に落ちる。

目隠しは取れた。

しかし、縛られた少女はまだうつむいたまま、目を開けようとはしない。

黒髪の少女は不安げな顔を魔女に向けた。

 

「それでいい。その娘が目を開くのは、縄が断ち切れた時だ。

その娘は、まだまどろみの中にいるんだよ。

目隠しが取れていることに気づけないのさ。

大丈夫。順調にいってるよ。」

 

緊張の面持ちで、カード占い師が魔女に声をかけた。

 

「あの・・・、僕のことを教えてもらえませんか。

僕は捨て子で、両親のことも何も知らないんです。

剣を抜く前に、僕は僕のことを、ほんの少しでもいい、知っておきたいんです。」

 

 

「もっともなことだ。

お前には、普通の人間のような根がないからな。

親であるとか、先祖であるとか、そういう意味での根が、お前にはない。

もちろん、お前が生まれたからには、そりゃあ、肉体的な親はいたさ。

だが、お前は、ある意味、そういう血縁的な根よりも、もっと深く広い根を持っているんだよ。

わかるかい?」

 

 

占い師はじっと魔女を見つめて言った。

 

「はい、わかります。

僕は、捨て子でありながら、親のいない寂しさを感じたことがありません。

修道院で手厚く育てられたということもありますが

それだけでなく・・・、なんというか

神のふところに抱かれているような、絶対的な安心感がずっとあったんです。

それもやはり、修道院で育ったせいなのだろうと、今までは思ってきました。」

 

「お前は、本当は知っているはずだよ。

言葉にはならなくても、

修道士たちが呼ぶ神と、お前が感じている神とは違うってことも

お前自身のことも、全てをな。

カードが応えてくれていただろう。

人間には計り知れない恩恵をお前は受けている。

やるべきこと、やってはいけないこと、誰から教わるでもなく、お前は知っているのさ。

普通の親の元で育てられたら、お前は自由に生きられなかったからね。

だから、みずから望んで捨て子になった、とも言えるよ。」

 

占い師はうなずく。

 

「さあ、坊や、お嬢ちゃん、剣を抜こうじゃないか。

木の右後ろが坊や、左後ろがお嬢ちゃんだ。」

 

二人が剣の前に立ち、柄に手をかけた。

 

「いいかい。2本の剣は同時に抜かなきゃいけないんだ。

でも、息を合わせる必要はないよ。

抜けるタイミングは地面の下の土が知っている。

全て土に委ねるつもりで、抜いてごらん。」

 

二人は顔を見合わせて、互いにうなずき合った。

硬く埋まった剣だったが、ふっと力が緩むようにすんなりと抜けた。

見守っていた8人の顔にも笑みが浮かぶ。

 

その時、遠くでシューっと音がした。何かが近づいてくるような音だ。

音は次第に大きくなる。

 

「さあ、みんな、剣を高く掲げるんだ。

あの音を捕まえるよ。」

 

円形に陣取るように立つ8人の剣が、高くかざされた。

上空から、ゴゴゴーっと、すさまじい勢いで降りてくる竜巻が見える。

竜巻は、8本の剣の間で渦巻いた後、

みるみる形を変え、一匹の龍の姿となって旋回しながら再び天空に還っていった。

 

「さあ、今のうちに縄を断ち切るよ。」

 

今のうちに、と魔女が言った理由を、誰もが理解していた。

高く掲げた剣が熱いのだ。この熱が冷めないうちに、ということだ。

 

占い師と黒髪の少女は、中央に進み出て、縛られた少女と木との間に

それぞれの剣を差し込んだ。

 

「今度はしっかり息を合わせるんだよ。」

 

二人は顔を見合わせて、目で合図を送り合う。

グググっと剣が縄にめり込み、最後の一息で8本の縄はスッパリと断ち切られた。

スローモーションのように、ゆっくりと縄は落ちながら、地面に着く前に順々に消えていく。

 

これまで、どれだけの長い年月か、それともここには時間が存在しなくて

別の言い方をすれば永久に、なのかはわからないが

縛られ続けていた少女の体が、自由になった。

 

少女は、うなだれていた首を真っ直ぐ前に向け、ついに目を開いた。

魔女は彼女の前に歩み寄って、彼女の目を見つめ返した。

そして、剣をかざしたままの6人に声をかけた。

 

「もういいよ。みんな、さあ、剣を下ろして、こっちに集まるんだ。

いよいよスーイッシュの誕生だよ。」

 

 

 

第十六章 スーイッシュの誕生

8人は、剣を下ろして片手に持ち、中央に集まった。

魔女が、中央に立つ少女、さっきまで縄に縛られていた少女を指さす。

少女は口もきけない様子である。だが、驚いているといった表情ではなかった。

自分に何が起きているのかを、超速度で考えているといった風情の顔だ。

 

「さあ、一人ずつ、この娘の目を見るんだ。

なあに、ここまでくれば、順序はどうでもいいさ。」

 

順番を譲り合う必要もなかった。少女の方からゆっくりと視線を合わせてくれたのだから。

 

最初に目を合わせたのは、黒髪の少女だった。

 

「あなたは、私。」

 

と、初めて、縛られていた方の少女が声を出した。

 

「ええ、そうよ。私はあなた。」

 

黒髪の少女も応える。

 

二人の少女の瞳は漆黒である。

特に、縄のほどけた少女の瞳の奥は深淵な闇のようだった。

見つめ合う内に、その深淵な闇に、小さな光が灯った。

 

彼女はゆっくりと視線を移し、次々と、一人一人に目を合わせていった。

一人と目が合うたびに、彼女の漆黒の瞳に小さな光が一つ、宿っていくのだった。

8人すべてが目を合わし終えたとき、彼女の瞳の中に8つの光が恒星のように瞬き、

彼女の全身がキラキラと輝き始めた。

そして、彼女の体は、光でできたモザイク壁画が壊れるように、

バラバラに崩れ落ちていくのだった。

 

ーああ・・・

8人は、息を呑むようにその様子を見つめていたが

キラキラと光を放ちながら散っていく彼女の体の欠片は、

あっという間に、消えてしまった。

 

「お前たちが日ごろリアルだと思っている現実は、これと同じさ。

幻みたいなもんなんだよ。

痛みも苦しみも、喜びも、何もかもが幻想なんだ。

だけど、その幻想は、確かにあるんだよ。こんなにも美しい光の欠片としてね。」

 

そう言って、魔女は土の上を杖で指し示した。

アプリコットの木の根元近く、

たった今まで、少女が立っていた場所、その足元の辺りである。

 

ーあっ!

 

一同は声を上げた。

そこには、一粒の種が落ちていたのだ。

 

「この種は、あの娘そのものだよ。

あの娘はね、お前たちの記憶をすべて瞳に宿して、種となったんだよ。

見えていた体は幻想だから消えた。

でも、この種こそが、これからのお前たちにとっての本当のリアルとなるんだ。」

 

魔女はしゃがんで、種のそばの土を細い指で掻き、穴を掘った。

そこに種をそっと置き、言った。

 

「さあ、みんなの手で、土をかぶせるんだ。剣は脇に置いておけ。」

 

全員が、頭が触れ合うほどに近づき、ひと掬いずつ両手で土をかぶせていった。

 

「ああ、それでいい。

少し下がって立っておくれ。剣を胸の前にして、祈るようにかざすんだ。」

 

8人は、魔女の言う通りに剣を胸の前に立てた。

 

「祈れ。」

 

と魔女が言った。

 

何に祈るのか、何を祈るのか、魔女は何も言わなかった。

8人は、ただ瞼を閉じて、静かに祈った。

彼らの祈りは空白だった。

決して空虚ではなく、具体的な願いなど何もない、空白の祈りだった。

強いて言えば瞑想のようなものか。

 

やがてポツポツと雨が降り出した。

雨はしだいに強くなり、地面を潤し、8人の体と剣を濡らしていった。

 

「東洋では、このような雨をジウというのです。

慈しみの雨という意味だそうです。」

 

と、考古学者が言った。

 

「そうだ。それが、お前たち7人の男の、もう一つの名前だよ。

種がちゃんと目覚めるように、男が贈ることのできる愛の名だ。」

 

その時、8人全員が、アッ!と声を上げた。

握っていたはずの剣が消えたのだ。

8人の手の中に剣はなく、ただ合掌のポーズをしている自分に気付いたのだった。

 

「大丈夫だ。剣は、お前たちの胸の中に吸収されたんだ。

心配することはない。これからのお前たちは、剣とともにある。」

 

そのとき、不意に老まじない師が呟いた。

 

「芽が出たな。」

 

彼には土の中の種の様子が見えるのだ。

 

「私にも、今、見えました。」

 

植物学者が興奮したように言う。

 

「芽は、種を内側から突き破るように生えると、思われがちですが

私に言わせれば違います。

芽は、種が裏返るようにして出てくるのです。

芽は、種が内側に持っていたすべての情報、記憶を、

外側に裏返したものなのです。

だから、薔薇は薔薇。百合は百合と、決して自分を間違えて咲くことはありません。」

 

魔女は満足そうに微笑んでから、一同を見渡し、

まるで宣言するかのように、高らかに言い放った。

 

「お前たちの未来の自由が、今、確定した。

思う存分、生きるがいい。」

 

雨はいつの間にかやんでいた。

土の上に、可愛らしい小さな双葉が出ている。

細い茎は、途中、柔らかな葉っぱを開かせながら、

見る見る間に1メートルほどの高さにまで伸びて

クルクルっと右にも左にも輪を描いた。

ちょうど楽譜のト音記号を逆さ書きしたような形である。

 

一陣の風がト音記号を揺らして、さっと吹き抜けた。

葉っぱも一斉に揺れる。

 

描かれた輪の中心に蕾が膨らみ始めている。

赤みを帯びた蕾は、見る間に大きくなり、ついに花を開かせ始めた。

 

オレンジ色がかった濃いピンクの花びらが、次々と開いていった。

花は光を放っていた。いや、花だけでなく、茎も葉も、全体がきらめいている。

 

「これがスーイッシュ・・・」

 

「そうだ、これがお前たちの花だ。

お前たち自身の未来の姿さ。

スーイッシュは、光合成をしない。太陽を必要としないんだ。

なぜなら、この花が既に太陽そのものだからだよ。

みずから光を放ち、周りを照らすものが太陽なのさ。

それを恒星とも言ってきた。

お前たちは、今後、自らの光と熱で生きるんだ。

そして、まわりに光と熱を放ちながら生きていくことになる。

それが確定したってことさ。」

 

8人は黙って魔女の言葉に耳を傾けながらスーイッシュを見ている。

 

「スーイッシュは、時の淵、現世の時間とは隔たれたこの場所で

これからも咲き続ける。

だが、お前たちの、現世での営みがなければ、決して種を落とすことはできなかった。

目隠しされて、縛られた状態で現世を生き続けていたなら、

現世を眠った状態で生き続けていたなら、

スーイッシュが咲くことはない。

 

目覚めると決めること、本当の自分を、自分の中に求めること

現世を厭わずに自分を生きようとする、

その強い熱情を持ち続けていたお前たちだからこそ、なし得たわざだ。

さあ、そろそろ帰る時が来たようだ。

なに、心配はいらない。

ちゃんと森の出口まで、送っていくよ。

カラスの姿でね。

ついておいで。

 

戻る時代は、みんなバラバラだからね、

みんなの顔を見るのは、ここで最後となるけどね。

大丈夫。どれもみんな自分だ。」

 

魔女はそこで、つ、と老まじない師を見て笑った。

 

「そうそう、この爺さんはわたしと一緒にここにいるよ。

いつでも心の中で訪ねてくればいい。

また会えるさ。心の中でなら、いつでも、会いたいときに。」

 

魔女の声が次第に遠ざかり、カラスの鳴き声と重なっていった。

 

  

 

終 章 ―カラスー

私が森を抜けたとき、空は晴れ上がっていた。

西に傾きかけた太陽が、晩秋の木々を輝かせている。

 

 

夢に導かれて幻の花スーイッシュを探し、この森に入ったのは今朝早くのこと。

落ち葉を踏む自分の足音が、妙に新鮮に聞こえた。

 

何時間くらい森の中を歩いていたのだろう。

途中のことはよく覚えていない。

気が付けば、森の出口に立っていたのだ。

そんなに長くいたつもりはないのに、太陽の位置からして、かなりの時間・・・

7時間ほどだろうか、森を彷徨っていたことになる。

この森は、時間の感覚がおかしくなることで昔から有名だ。

 

スーイッシュは見つからなかった。

そう簡単に見つかるはずもない。しかも、夢で見た幻の花なのだ。

見つかる以前に、あるかどうかも怪しい話。

 

私はもう一度森を振り返った。何かデジャヴに似た奇妙な感覚を覚えたからだ。

気のせいか。

いや、森の入り口に、さほど大きくはない立て札が立っている。

今朝は気づかなかったなと思い、近づいて立て札の文字を読んでみた。

 

「この森は、中世以前から、長きに亘ってノイマン家が所有する森であった。

現在は国有となっている。珍しい植生が見られ、植物学の研究対象として

大切に保護されている。」

 

なんだろう?・・・この既視感は。

今朝は立て札に気付かなかったから、読んではいないはずなのに。

 

ちょっと考えてみたけれど、わからない。

秋の夕暮れはあっという間に迫ってくるだろう。私は家に帰ることにした。

 

森を出てすぐのところに、可愛らしい建物が建っている。

お菓子の家のような、メルヘンチックな小さなお店だ。

レストランか喫茶店のようだ。

太陽はかなり西に傾いていたが、私は休憩がてら、その店に入った。

 

喫茶コーナーの奥に、絵画がずらりと並んでいる。

ギャラリーだったのか。

 

「いらっしゃいませ。」

 

と、熟年の痩せた女性が迎え入れてくれた。

彼女は最初、何かに驚いた風に口に手をあてて私を見た。

が、すぐにニコリと微笑んで奥の絵画へと私を勧めた。

 

「どうぞ、ご覧になって。お茶もご用意しますね。」

 

と言ってくれた。

 

「これは、クルト・ヒンケルさんという画家の絵なんですよ。ご存知?」

 

「いえ。」

 

私は首を横に振る。

 絵画に近づき、一枚一枚見ていった。

 

「クルトさんはね、昨年お亡くなりになって。

そんなに有名ってほどではなかったけれど、根強いファンが多くてね。

亡くなった今でも、ここで彼の絵を展示しているの。

彼の絵は不思議でね。力強さと優しさが同時に感じられるの。

感じ方は人それぞれだとは思うけど。

私は彼のファンの一人でね、ここで喫茶店を経営しながら展示もやってるのよ。

どうぞ、ごゆっくり見ていらしてね。」

 

私は、クルトさんが描いたという、たくさんの絵画の中で、

一枚の絵に釘付けになった。

これ、知っている・・・気がする。

 

大きな木。

木の前には、三人の学者風の男たちが談笑している様子の絵。

 

その隣の絵も、同じ大きな木が描かれていた。

長い杖を持った魔女と、剣を脇に抱えた老人が、大きな口を開いて笑っている。

 

そのまた隣の絵も、同じ大きな木が描かれている。

木の前に立つ男が、剣を高く空に向けている。

その絵には、下に小さな文字で「ハイエル・ノイマン」と記されていた。

 

ノイマン?・・・ああ、さっき立て札で見た名前だ。

あの森の所有者だったいうノイマン家の人なんだろう。

 

あっ!

と、私はその次の絵を見て驚いた。

そこには私が描かれていたのだ。

大きな木の前で、中世風の服装の男性と、座って笑いあっている黒髪の少女は

私だった。

しかも、その男性は、私が夢で見た、あの男性だ。

 

「一人の男性を遣わす」

 

と夢で言われた、その男性に違いなかった。

 

私と男性の間には、まるでト音記号のような形の茎が伸びていて

オレンジがかった濃いピンクの花を咲かせている。

 

これ、スーイッシュだわ。

 

夢のお告げのスーイッシュは、意外なところで見つかった。

 

まさか、こんなところで見つかるなんて。

それも、絵画の中だなんて。

 

それにしても、なんだろう?・・・この懐かしさのような気持ちは。

切ないような、嬉しいような。

 

私は、気が付くと涙ぐんでいた。

 

「さあ、お茶をどうぞ。

あなたが来たら、このお茶を出すようにと

生前のクルトさんから言われていたの。

ふふ、あなた、あの絵の中の少女でしょ。」

 

私は、何がどうしたのか訳がわからない。

 

「驚いたでしょう。戸惑っているのね。

私、クルトさんから聞いているの。あなたと、あなたたちの話を。

この絵の中の黒髪の少女が、いつか店にやってくることがあったなら

その話をしてやってくれって、頼まれていたのよ。

全く不思議なことだけれど、本当に、あなたはやってきてくれたのね。

クルトさんの話を、長い長いスーイッシュの話を

どうぞ、聞いて下さい。」

 

彼女は、私をテーブルに促して、お茶を出してくれた。

アプリコットの甘い香りのするハーブティーだった。

 

彼女は私の前に腰を下ろし、ゆっくりと話し始めた。

 

 

 

 

オマケ(あとがき)

『スーイッシュを探す旅』

 

昨日、ようやく完成しました。

(2020年11月8日に書き始め、同年12月3日に書き終えました。)

 

 

 

読んでくださったみなさん、ありがとうございました。

 

 

 

今日は、話の中に出てきた

 

「アプリコット」

 

「モンゴル文字」

 

「タロットカードのソード8番」

 

「縛られた少女」

 

のことを、紹介しようと思います。

 

 

 

まずは、アプリコットから。

 

アプリコットは、日本名「杏(あんず)」。

 

花は梅に似ています。

 

 あんず花

 

 

 

あんず開花した木

 

 遠景は桜みたいですね。

 

 

アプリコット木 

 

 

画像は、ネットからいただいてきました。

 

実は、私自身、アプリコットの実物を見たことがないんです。

 

でも、なぜか、あの話を書いているときに

 

絶対アプリコットでなきゃダメ!みたいな感じだったんですよ。

 

 

 

中国北部またはモンゴル原産の木ということを

 

書いている途中で知りました。

 

 

 

黒髪の少女はモンゴルの血を引いているという設定だったので

 

ちょうどいいや、てな感じで

 

そのまま進めました。

 

 

 

その昔(笑)、モンゴルから来た留学生で

 

ゾルツェツェグという名前の女の子と知り合い

 

ゾルツェツェグというのは、モンゴル語で「輝く花」という意味なのだ

 

と教えてもらったことがあります。

 

(「ゾル」が輝く、「ツェツェグ」が花。)

 

話の中で、その名前も使いました。

 

 

 

本当は(私の頭では)、モンゴルではなく日本人の女の子を登場させるつもりだったんです。

 

最後は日本にやってくる、みたいな終わり方をする予定で。

 

 

 

でも、そうはさせてくれなくて(指の勢いが)笑

 

 

 

捨て子の占い師のところも

 

元々の私の夢では、

 

籠に男の赤ん坊と一緒に入っていた手紙は、

 

暗号のようなキリル(ロシア)文字が書かれていたのですが

 

話の中ではモンゴル語に変えました。

 

これも、モンゴルの留学生に教えてもらったことですが

 

モンゴルでは、アルファベットはキリル文字を使うのが一般的なんだそうです。

 

 

 

モンゴル固有の文字もあって(それにも色々あるらしいけど)

 

今では、書ける人が少なくなったと、また別のモンゴルの女の子が言いながら

 

書いて見せてくれたことがあるのですが

 

 

 

それはこんな感じ。

 

 

 

 

モンゴル書道(Wikipedia)

 

 

 

縦書きで、どことなく日本語の草書体にも似ている気がします。

 

こういうのも、(夢にはなかったことだけど)取り入れていったら

 

なぜか流れができてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

次に、タロットカードの8番ソードですが

 

こちらのブログから画像を拝借いたします。

 

ももねこBLOGさん

 ソード 8

 

 

 

このカードは、実は裏設定(?)があって

 

「女性は自分で目隠しをして体を縛っている。

 

だから、外そうと思えば、自分でいつでも外せる。」

 

のだそうです。

 

縛りに気付いて、それを解く、みたいな感じのカードですね。

 

 

 

で、ですね

 

唐突ですが

 

初音ミクの歌に『鎖の少女』というのがあるのですが

 

 

 

 

歌詞はこちら → 鎖の少女

 

 

 

もう何もかも嫌になる前に

ホントノ愛ヲクダサ・・・

 

今日は少し下がった 破り捨てたい評価(テスト)

期待を超えられず 傷が増えてく

 

振り向けば捨ててきた 友達とか夢とか

自由を奪われて生きるどうして・・・?

 

ココロを鎖で縛られた あやつり人形

わたしはアナタの装飾品(ジュエル)

もっと輝ケリクルケリクルケ

 

誰ノ為ニ生きているのでしょうか

"ジブン"と言えないままで

もう何もかも嫌になる前に

ホントノ愛ヲクダサイ

 

希望とか指先で 砂に書いても消える

笑顔の子供たち 遠くに見えた

 

歩むべき人生(みち)を決められた 束縛人形

アナタはわたしの操り師(あくま)

ずっと見えない鎖(いと)で動かすの

 

こんな作られた物語ならば

全てを塗りつぶしたい

夜中に抜け出す事みたいに

逆らう勇気が欲しい

 

街行く人の影追いかけ 留まるカケラ一人

このカラダ 意思の無いままに生きてきた

 

嘘だらけの言葉で 惑わすのはもうやめて

あなたの言いなりなんか もうやめる

わたしのこのココロは お金じゃきっと買えない

世界で一つだけの・・・大切なモノ

 

誰のために生きているのでしょうか

コタエは目の前にある

わたしの未来を奪うなんて

そんなの許さないから

もう何もかも嫌になる前に

鎖の鍵を解いて

 

歌詞だけを読むと、モロに「毒親を持つ娘」の歌のように思えますが

 

確かに、そうだと思いますが

 

もう一つの見方をすると

 

わたしたちは、自分の中に「毒親の役割の自分」を持っているとも言えると思うんですよ。

 

世間体を気にして、いい子を強要してくる毒親みたいな自分って、いますよね。

 

内側から燃さかる炎のような、本当の自分の気持ちに気付いて

 

そんな毒親の縛り、つまり自分でかけた鎖を断ち切っていく、ってことが、

 

本当の愛を、自分で自分に与えることであり

 

自分の中に本当の愛を見つけることでもあるなあと。

 

 

 

まあ、そんなこんなを思いながら

 

『スーイッシュを探す旅』

 

書き綴ってきました。

 

 

 

どこか一つでも、何か心に響くところがあれば

 

作者として大変嬉しく思います。

 

 2020/12/04