針箱の付喪神

道具も、長年使っていると精霊が憑き、付喪神とやらになると聞く。

つくもがみ・・・九十九神とも書く。

 

私が母から受け継いだ裁縫道具などは、祖母の代からのものも多く残っていて

まさに、今にも付喪神にならんとして、針箱の中でその時を待っている・・・

かのように思えてもくる。

 

針山しかり(中身は当然髪の毛である)、糸切り鋏しかり、

ヘラしかり、待ち針しかり

多くけ・小ちゃぼ・布団針などの縫い針しかりである。

 

おもちゃのマーチよろしく、針箱の中の道具たちが

人の寝静まった深夜に箱を飛び出して行進・・・

いや、練り歩く、などということは、まさかあるまいが。

 

秋も深まらんとする11月末日の午後、

畳の上に赤いチェック柄のフリースを広げ

私は、冬に備えて部屋着用のロングスカートを縫おうと

馬鹿げた妄想を繰り広げながら、指をせっせと動かしていた。

 

窓際では飼い猫のチャトラが、ひだまりの中で午睡している。

風のない、おだやかな秋の日であった。

 

昼間に妙な妄想をしたせいかどうか、

その夜、眠りばなにチクリ!と首筋を刺された感触があり

まさか針が・・・と、跳ね起きた。

 

冷静に考えれば、そんなことのあるはずはない。

昼間使った針を一本仕舞い忘れたとしても

畳の上ならばまだしも、布団の中はあり得ない。

布団は夜寝る間際に敷いたのだ。

 

しかし、チクリ!の正体を探し当てぬ限り、この後安眠はできそうにない。

虫の類だとしたら、気持ち悪いではないか。

 

私は部屋の灯りを点け、目を皿のごとくにして

枕周りを念入りに調べてみた。

何もない。

首筋に手をやってみる。

血が出た様子はない。腫れてもいない。

最初のチクリ!の後は、痛みもない。

 

はたと、パジャマの襟をまさぐってみると

豈はからんや、そこにちいさな棘のようなものがついていた。

つまんでよく見ると、栴檀草である。

針でもなく、虫でもなく、ほっと安堵する。

(栴檀草は「ひっつき虫」とも呼ばれるが、断じて虫ではない。)

 

それにしても、こんなところに栴檀草とは。

いつどこでひっつけたのか、皆目見当もつかない。

洗濯物を取り入れる際か、猫が外でつけてきたものか・・・

ひとしきり考えてみたが、わからぬまま再び布団にもぐりこみ、灯りを消した。

 

すっかり冷えた体を縮めて丸くなる。

明日からは12月。夜はもう充分に寒い。

秋は、深まるだけ深まったのだ。

私の寝床に栴檀草を忍び込ませるほどに。

 

一人、カーテンの向こう、窓の外に広がる夜を思った。

私の呼吸が、夜を吸い、夜を吐く。

それは波を生む。

鼻先が波打ち際そのもののような心持ちになっていく。

波に揺れる小舟を漕ぎ出すように、

私は、一息ずつ、眠りの沖へと誘われ始めていった。

 


「うまいこと、いったわ。」

「うん。ええ具合や。」

クスクス、カラカラ、キキキ・・・と、笑い声。

 

それは針箱の中から聞こえてくる。

最初の声は確か、待ち針。続いての声は裁ち鋏だ。

私は、夢と現の狭間で考える。

見てもいないのに、声が誰のものかがわかるのは、

夢が紛れ込んでいるからに相違ない。

頭では眠っていないつもりでも、実はかなりの部分が眠っているのだ。

そうだ、そうに違いない。

 

私は、夢と決め込んで声たちの会話を楽しんだ。

 

「しかしあれやな、待ち針はんは化けるのが上手い。」

「あそこでひっつき虫に化けるなんぞ、ヘラのわてには思いもよらん。」

どうやら針山とヘラの会話らしい。

そこへ待ち針の声。

「針の姿のままでチクリ!と刺すのんは、ちと可哀そうかと思て、な。

イノコヅチでも良かってんけど、咄嗟に栴檀草になってもたんや。」

「巻き尺殿ならサザエあたりか。」

「ウニの方が刺すのには良かろうが。」

カラカラ、キキ、クスクス・・・小さき物たちの笑い声が続く。

 

「まあ、今日の所はこれくらいにしといたろ。」

「そやな。あとは鯨はんに任そうか。」

「そうしよ。そうしよ。」

 

声が静まっていく。

我が家の裁縫道具たちは、既に付喪神であったかと

私は、少し満足な心持ちで深く眠りについた。

 

第二話へ続く